坂越の北前船交流記第1号

 

瀬戸内坂越から「北前船がもたらしたもの」全国版第1号

       投稿日 平成28年3月13日(赤穂市教育委員会4月8日提出)

 

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 帆船時代、北前船の寄港地はどこも活気に満ちていたようです。かっての寄港地の再び光をあてようと北前船寄港地フォーラムを各地で開催したり、寄港地中心に組織をつくり「日本遺産」に一括申請を目指しています。そこで瀬戸内の坂越のまち並みを創る会からも、機関誌「北前船がもたらしたもの」と題して全国版と赤穂版の企画を考えました。これは地元の方や全国の寄港地の方々の協力があって出来るもので全国版はネットでも配信します。そして多くの方、特に全国の寄港地の観光ガイドの方にご当地自慢として語って頂き、共有した意識で盛り上げて行ければ、地域の観光にもつながり、何かが生まれるかもしれません。北前船の活躍は、民謡、祭り、ダシ等食文化等に影響したと言われています。

 ここ坂越には国の重要無形文化財の坂越の船祭りがあります。この祭りが始まったのが18世紀始めで、それは坂越の廻船が全盛期だった時期と一致し、また多くの神社仏閣が再建された時期とも重なります。しかし廻船と船祭りがどんな関係があったのかまでわかっていません。 

「坂越の船祭り」が、重要無形文化財になり、この祭りを今日まで守り続けてきたのが坂越の自慢です。この坂越の船祭りと、かっての坂越の廻船の活躍を、日常的に発信しようとに市内にある塩味饅頭の業者の方々にお願いしました。こうしてかって赤穂塩を使って作られていた塩味饅頭の包装紙を「江戸期の坂越の船祭り」を絵柄にしたものが出来ました。これは明和期創業の元祖播磨屋の協力で出来きたもので、赤穂塩を使っていた塩味饅頭は、坂越の廻船と共に、「赤穂の塩」の名前に支えられた時代があった事を知って頂けると思っています。

 坂越の北前船の足跡は赤穂市指定文化財の板書「船賃銀表」(1739年)でみる事が出来ます。そこには江戸や薩摩だけではなく、松前津軽、秋田等沢山の日本海側の地域の船賃銀表がありました。ここから明らかに、坂越も北前船でも活躍していたのがわかりますが、北前船でどんな活躍をしていたのかまでわかっていません。それ故、地元だけではなく、東京や日本海側の北前船寄港地から調べる必要があると思っています。

 東京には、都立や国会の図書館に、地方のうずもれている歴史が沢山あるはずです。また北前船寄港地側からも調べいけば、寄港地の人とのつながりがでてくるはずです。この支援が終わる来年の3月には小冊子にして兵庫県に提出したいと思っています。 これまで坂越の北前船のみに絞って研究された方は地元にはいないので理解をえられるのに時間がかかるかも知れませんが、これから坂越の北前船の足跡について取り組んでいきたいと思っています。

 終わりに、ら坂越の北前船の調査活動を、寄港地側と東京から全国に発信出来る仕組みも新たに考えていきたいと考えています。( 矢竹考司)

         

 

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