瀬戸内坂越の北前船交流記

第19回までは「瀬戸内坂越から北前船がもたらしたもの全国版」を再構成したものです。

瀬戸内坂越の北前船交流記第1回(坂越浦)

 

坂越の北前船交流記第1回(坂越浦)

                                                           2016年3月13日

  帆船時代、北前船の寄港地はどこも活気に満ちていたようです。かっての寄港地に再び光をあてようと北前船寄港地フォーラムを各地で開催したり、寄港地中心に組織をつくり「日本遺産」に一括申請を目指しています。

  そこで瀬戸内の坂越のまち並みを創る会(会長門田守弘)からも、機関誌「北前船がもたらしたもの」と題して全国版と赤穂版の企画を考えました。これは地元の方、全国の寄港地の方々の協力があって出来るもので全国版はネットでも配信します。

 多くの方々に語って頂き、共有した意識で盛り上げて行ければ、地域の観光にもつながり、何かが生まれるかもしれません。

 

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北前船の活躍は、民謡、祭り、ダシ等食文化等に影響したと言われています。

 ここ坂越には国の重要無形文化財の坂越の船祭りがあります。この船を使う祭りが始まったのが18世紀始めで、それは坂越の廻船が全盛期だった時期と一致し、また多くの神社仏閣が再建された時期とも重なります。

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 しかし廻船と船祭りがどんな関係があったのかまでわかっていません。 

「坂越の船祭り」が、重要無形文化財になり、この祭りを今日まで守り続けてきたのが坂越の自慢です。

 

 この坂越の船祭りと、かっての坂越の廻船の活躍を、日常的に発信しようと市内にある塩味饅頭の業者の方々にお願いしました。

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こうして、かって赤穂塩で作られていた塩味饅頭の包装紙を「江戸期の坂越の船祭り」を絵柄にしたものが出来ました。   

 これは明和期創業の元祖播磨屋の協力で出来きたもので、元祖播磨屋の塩味饅頭は、坂越の廻船と共に、「赤穂の塩」の名前に支えられた時代があった事を知って頂けると思っています。

 坂越の北前船の足跡は赤穂市指定文化財の板書「船賃銀表」(1738年)でみる事が出来ます。そこには江戸や薩摩だけではなく、松前津軽、秋田等沢山の日本海側の地域の船賃銀表がありました。

 

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 明らかに、坂越も北前船でも活躍していたのがわかりますが、北前船でどんな活躍をしていたのかはわかっていません。

 これを東京都立や国会の図書館で調べれば、新たな歴史がわかる資料があるかもしれません。

 いずれにしても、兵庫県の支援が終わる来年の3月には、小冊子にして兵庫県等に提出したいと思っています。

  これまで坂越の北前船に絞って研究された方が、地元にはいないので理解をえられるのに時間がかかるかも知れません。

これから坂越の北前船の足跡について取り組んでいきたいと思っています。

 また、坂越の北前船での交流を北前船寄港地側と東京から、発信出来る仕組みを新たに考えていきたいと考えています。( 矢竹考司)

         

 

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