瀬戸内坂越の北前船交流記

第19号までは「瀬戸内坂越から北前船がもたらしたもの全国版」を再構成したものです。

瀬戸内坂越の北前船交流記第16回(鳥取)

 

    

坂越の北前船交流記 第16回 (鳥取

                        2017年1月13日
   今回は、子供から高齢者まで「約500世帯」の氏子だけの奉仕で、大規模な祭りを執り行っている鳥取市の賀露神社ホーエンヤ祭です。

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 賀露神社にお伺いしたのは2016年の3月でしたが、境内に続く階段を上がって行くと、高台にある境内からは鳥取港が見えました。これは坂越の大避神社にどこか似ていました。
 宮司の岡村 吉明氏から、賀露神社会館でホーエンヤ祭の写真を見せて頂きながら説明を受けました。
 
 この祭りは、鳥取県指定無形民俗文化財にもなり、みこし・行列を乗せて千代川を下る箱船とその周りを、にわかにふんした青年が乗ったホーエンヤ船が航行するもので、湾内を一周して豊漁を感謝するホーエンヤと呼ばれる神輿の海上行列が、祭り最大の魅力となっているとの話でした。
 
 この祭りは約1250年前、同神社の祭神になっている吉備真備公が遣唐使としての帰り、嵐に遭い、賀露沖の島に漂着し、住民が船で陸へ奉曳(ほうえい)したとの伝承が起源だとされた事から島の近くを通り、海岸まで奉曳される話でした。
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 それから2か月して「ダイドードリンコ 日本の祭り」の放映があり、エジプト考古学者の、吉村作治早稲田大学名誉教授がプロデュースしたドキュメンタリー番組「地域創生の船行列~賀露神社ホーエンヤ祭り」として取り上げられていました。
 
 この中で陸を練り海を渡たるこの神事に、各世代間がつながり子供からお年寄りまであらゆる世代の人々が一つとなって構成され賀露地区の500世帯が総出して成し遂げられいるのがわかりました。
 
 放送は、単に祭りの紹介ではなく地域の今や、人と人のつながりを映し出していました。
 祭りには、全国に発信できる力があり住んでいる人 のつなが りも深めると感じましたが「祭りは日本の心のすぐそばに」いうスローガンのもと、吉村氏の冒頭の言葉には、祭りの当事者だけでなく見ている人にも力が湧いてきそうでした。
 
  この賀露神社の祭りの「1250年前に吉備真備が船で島に漂着が起源」「地区の500世帯」「陸と海の2つの見せ場がある祭り」、これも坂越の船祭りに似ていました。

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 祭りの話の後は、北前船の話になり竹野の人が書いた「但馬.廻船史話」を見せて頂きました。鳥取市は平成29年秋に北前船寄港地フォーラムが開かれ、その会場の一部になるのが賀露神社になり、岡村宮司が案内をするとの事でした。境内には大避神社にも残っている、錆びた錨そして、1800(寛政12)年に地元の廻船業者が寄進した石灯籠があり「尾道の石工の作で、原石は北前船で運ばれてきたらしい」と説明して頂けました。
 
 尾道市学芸員の西井さんが、尾道の石は全国の北前船寄港地に残っているので、平成30年のフォーラムまでにそれを調査すると言われていた話を思いだしていました。
 地元でわかなくても、寄港地側に残る石造物から発見できる例から、坂越も北前船の寄港地に行けば、石造物から何か発見があるかもしれないと感じました。
  また北前船を縮小した木造船の模型がある倉庫も見せて頂けました。
 
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鳥取の次に行った島根県文化財の松江のホーランエンヤ祭は、もともとあった祭りに北前船の船頭が新潟から囃子等の文化を伝たえたらしく、似た祭りの文化は全国で17ヵ所ありいずれもが新潟より南の北前船寄港地にあり、鳥取市の賀露神社ホーエンヤ祭りも分布図にありました。瀬戸内海では広島と大阪にありましたが坂越の船祭りにその掲載はありませんでした。(矢竹考司)